傍嶋恵子プロフィール

profs傍嶋恵子(そばじまけいこ)

でんでんむし出版代表
2013年4月より、「本の書き方を教えて欲しい」という言葉がきっかけで出版セミナーを開催。すると人が集まり、出版予備軍が増えたことから手軽に出版可能な電子出版事業を名古屋で開始。商業出版とは別の視点から個人のブランディングを目的とした本をプロデュースする。

特に、ビジネスで顧客や見込み客へのアプローチとしてのブランド本のコンテンツ制作を得意とする。著者の活動に合わせた本の企画の作り方から執筆指導までを指導し、著者と向きあいながら丁寧な本作りをすることを心がけている。
本をプロデュースするようになった背景には、過去にIT関連書籍を60冊出版した経験や雑誌、ムックなどへの豊富なライター経験がある。「わかりやすく正確に伝わる文章を書く」+「現代のWebに適用するライティング」と取り入れ、本の企画から執筆までを総合的にフォローする。

多くの人が電子書籍出版もっともっと活用し、情報を必要とする顧客や見込み客へのコンテンツを発信していくことを応援し続けます。

 

↓(この下は、ちょっとした自伝です)

とにかく経験と実績だけはがむしゃらに積み重ねてきました

1996年より、東京在住。コンピュータ会社を退職。テクニカルライターとして、1996年~2008年の間に、約60冊のIT書籍を企画・執筆。雑誌、ムック本の企画・執筆の経験も豊富。 ベストセラー、ロングセラー多数。総発行部数約60万部。

出版業界は何も知識がない状態で飛び込みました。しかし、奇跡としかいいようがないのですが、ベテランライターさんとの出会いによって、一気に書籍業界に引き上げていただき、あれよあれよという間に、師匠との共著を4冊ほど執筆し出版しました。この師匠との出会いがなければ、今の私はありません。

ITバブルが後押しし、出す本出す本、次々に数字をたたき出し、一時、G出版社では、「エース」と呼ばれるほど売り上げをあげていたようです。おかげさまで、1997年に約20万部のベストセラーを出しました。そのほかの書籍も7万部、8万部という数字が出ましたが、当時は、はわりと普通の感覚でした。もっとも、今の出版不況からは信じられない数字です。

しかし、1つ言えることは、最初から文章がうまく書けたわけでもない、本の書き方もたいしてわからない状態で、周囲の方のお力添えもあり、若さと勢いでプロの道を邁進しました。細かい勉強はプロになってから。本を書く仕事そのものが勉強でした。

紆余曲折あり、メンタルを壊したりといろいろしながらも、たくましくがむしゃらに仕事をこなした13年。つらくもあり、楽しくもあり、でも、思い返すと、人生とても輝き、充実した時期だったと思います。

おかげさまで、今のお仕事を自信と誇りを持って展開できています。
この蓄えた力を自分で抱え込んでいてももったいないので、たくさんの人に本を書くことをお伝えしていきたいです。

会社を経営するも甘すぎ、体調を崩して休筆

2001年から(有)オフィスヒマワリ(ライティング・プロダクション)を経営。2010年に閉鎖。 2007年より、東京から名古屋に戻り、体調を崩し、執筆業を休業。休業期間中に、IT講師の仕事に従事し、高校の「情報」や、IT専門学校のPC教育、テクニカルライティング、PC検定対策などの講師を行う。

本を書く仕事が一人で抱えきれなくなり、当時は、節税対策も兼ねて会社を設立しました。名目は、ライティングプロダクションとして、ライター育成を軸にしていました。
節税対策としての会社なので、それまで通り、本の執筆をこなしていけば良かったのですが、何をおごり高ぶっていたのか、ライターを育成しなければならない、などという使命感に燃え、新人ライターを使って出版の仕事をこなしました。

しかし、所詮、ライターは職人。経営に関してはズブの素人で、やはり紆余曲折、失敗ばかり。会社を設立してすぐに、ITバブルは崩壊し、危機に直面。そこから、なにやら歯車が狂っていきます。

やがて、いろいろなことが重なり、急遽、東京を引き上げて名古屋に移転。その頃、メンタルがかなり悪かった記憶がありますが気力で乗り切りました。しかし、名古屋に帰ってから実家に戻ったことで、そこからまた試練の始まり。実家暮らしになることでの環境の変化によって、さらにメンタルくずし、本が書けなくなり、すべての仕事をキャンセル。

それから、約7年休筆することになりました。書きたくないのです、何も。
10年間続けてきたブログを削除し、約5年間、名刺すら持ちませんでした。思い返すと、重症ですよね。

ただ、何か仕事をしなければならないと思い、近所の高校で、情報の講師を募集していたので応募。そこは、いわゆるギャル校で、心の病を持った生徒や不登校や家庭の問題をかかえた生徒を受け入れるところ。

生徒の成績は普通で、ときには秀才もいました。

勤務初っぱなの新1年生のクラスで、すでに唖然としました。
しんじられないほどの授業態度の悪さ、うるささ、言うことを聞かない女子たちで、授業どころではありません。起立・礼すらもロクにできませんでした。

最初はそんな生徒に手を焼き、2週間ぐらいの勤務で根をあげそうになり、授業をボイコット。そして仮病を使って欠勤。

しかし、私が欠勤したことで、後から生徒が「先生は私たちのこと嫌ってるの?」と投げかけた一言で、彼女たちの本音に気づきました。

そこから、視点を変えて生徒と接するうちに、授業はまとまりをみせ、やがて、完全に私が授業を支配し、ギャルたちにPC操作の技術を身につけさせることに成功しました。

約7年勤務し、非常勤講師ながらも、たくさんの生徒から惜しまれながら学校を去ることになり、とても平和で幸せな気分でした。

彼女たちとの出会いのおかげで、日本の底辺の世界を体験し、感じることができました。さらにここから得た気づきや体験が、その後の出版活動に生きています。

神様は無駄な経験はさせないと思うほど貴重な時間でした。

  この期間、並行して、3年ほどITビジネス専門学校でも、ITライティングやPC講師としても活躍しました。

名古屋でセミナー活動を開始

2012年より、ライティングと講師活動の現場で培った経験を活かし、文章表現とPCセミナーを軸にしたオリジナルセミナー「でんでんむし」を開始。

20代後半から東京で過ごしていたため、名古屋には友だちがいませんでした。そんな中で、セミナー活動を開始しました。そのきっかけをくれたのは、長い間私の書いた本を活用してくれていた読者の方でした。

ライティングの技術などを教えるセミナーを中心にしていましたが、苦労したのは「集客」です。

チラシを打っても、ホームページで宣伝しても、集客ができないことに唖然しました。
実は、東京時代でもセミナー活動をしたことがあったのですが、集客に困ることは少なく、打てば響くの反応があるので、その感覚でやっていました。しかし、地域の違いと情報格差に愕然として、名古屋人ながら、カルチャーショックでへこみました。

交流会や起業家向けの集まり、セミナーの見本市などに出向き、次第に名古屋の知り合いが増やしていきました。

が、名古屋は、全体的に起業や新しいことへの挑戦の士気は、情熱的だが慎重すぎるところに、もどかしさを感じることが多く、私にはストレスでしかありませんでした。

といっても、信頼できる友人との出会いもたくさんあり、助けられていたと思います。

だが、やがて、本を書くことを教えて欲しいという声がり、それがきっかけで出版セミナーが誕生し、やがてそれが、でんでんむし出版が始動へとつながりました。

でんでんむし出版誕生~今

2013年よりこれからの時代の先端を行く電子書籍出版に目を付け、ビジネスパーソンの戦略ツールとしての電子書籍出版「でんでんむし出版」を設立。 セルフパブリッシングの域を超え、社会活動を行う人々のセルフブランディングを目的とした、人に読まれる本作りを目指す。商業出版の技術をベースに質の高い電子書籍を提供。

2016年 「起業女子Webライティングスクール」として、Webライティングのコツを学ぶ講座を開催。また、マイメディアとして必要なWordPress利用を推奨し、WordPress構築講座も展開。

でんでんむし出版当初、知人の協力もあり、出版プロジェクトを立ちあげ、約9名が本のコンサルを受けて、でんでんむしより出版しました。

その勢いでたくさんも本を出版し続けたかったのですが、私の身一つでは限界がありました。

組織にするか、個人にするかで悩んで出した結論は、個人として活動すること。

理由は、出版社としてたくさん本を出したいのか、本を書く人をサポートしたいのかと考えたとき、後者であることを強く望む自分がいたからです。

また、相変わらず集客に悩み、名古屋で仕事を展開することに対してしんどさを感じるようになっていくことも手伝い、一時はやめようと思ったこともあります。

それは、地域性の問題が大きく、試行錯誤してできることはやってみましたが、街自体が自分に合わないことに気付いてしまったからです。

人とコラボレーションをしたりして、なんとか出版を名古屋で展開しようと頑張りましたが、結局は、「自分がどんな目的を持って、今後の人生を生きていくのか」を考え、すべてご破算にして、やり方を見なおすことにしました。

ただ、その頃から、ブログ講座の人気が高まり、セミナーを頻繁に開催するようになります。

WordPressの講座なども要望があり展開していくうちに、やがて起業家のコンサルタントの依頼もあり、情報発信のトータルなコンサルティングで業務を展開するまでに。

「起業女子Webライティングスクール」として、セミナー中心のサイトを立ちあげましたが、この方向と出版の方向のベクトルが合わないことで、もやもやが続いていました。

そのため、一体自分が何がしたいのかがわからなくなった時期があります。

2017年
出版を、本の出版に固定しないで、幅広い意味での出版をサポートする方向へ転換。
電子書籍を活用した電子書籍小冊子作成サービスや取材やライティングの実務を増やす。ネットを活用し、商圏を全国や世界へ拡大していくために、現在奔走中。

しかし、2017年に入ってからは、業務内容そのものよりも、自分自身と向き合い、自分が幸せでいられる仕事をやっていくことに決めました。

2016年頃から復帰していたライター業にも、さらに力を入れて、自身がライターである活動を再開しました。

でんでんむし出版も気付けば5年目の突入したこともあり、考えてみると、ようやく、この地での自分のやり方が固まってきたように思います。

でんでんむし出版、という名前に、自分自身がくくられ、出版社としてそれらしくしなければ、という思いが強かったのですが、出版を幅広く捉えて、「単なる屋号」という考え方に変えました。

そして、出版を始めとし、あらゆる情報発信の形作りをサポートする業務で仕事を展開してくことにきめました。

時代にあわせて、臨機応変に、自分ができる仕事で自由にやっていきます。

今年は、法人っぽく臭わせながらも、個人事業を貫きます。

そして、私が自信をもって提供できる仕事で勝負します。

それが自分にとって、一番楽な働き方であり、無理をしなくてもすむからです。

自分がいつもワクワクできる仕事に囲まれ、充実していれば、それは良いエネルギーとなって、周囲へ伝わっていくと信じています。

 

これからは、積極的に執筆をし、サイトやブログの充実を図ります。

また、自身の本も出版し、これからの時代の電子書籍活用を実践しながら提案していく予定です。